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2018.01.11

■「今井」の古い街並を訪ねて~江戸時代から続く建物が立ち並ぶ~(奈良県橿原市)

 

 

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(写真:古い町並みが町全体で保全されている「今井町」)

 

 

 

 

 

 「大和の金は今井に七分」といわれるほど、かつて大変繁栄した「今井町」。

 

その財力を生かし、戦国大名との繋がりも深く、かの茶人であり堺商人としても知られる「今井宗久」の出身地でもあります。

 

近鉄「週末フリーパス」の旅、2日目は、今なお古い町並みを残しております、この「今井町」へ行ってみたいと思います。

 

 過去に、何度も奈良を訪れているのですが、いままで一度も行く機会がありませんでした。会社の仲間からも、写真を撮るにもとてもいい街だと聞いておりましたので、大いに楽しみにして出かけました。

 

 今回も近鉄名古屋駅からの出発であります。

 

 

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▲①今回も近鉄名古屋駅から急行電車乗継で現地へと向かいます。片路約3時間の電車旅となります。

 

 

 

 別途、1,610円の特急料金が必要となりますが、特急を利用した場合は、名古屋から1時間50分程度で到着することができます。

 

 時間がないときなど、特急料金をプラスするだけで、特急に乗車できる点は「週末フリーパス」が「青春18きっぷ」より優れている点ですね。

 

 特に、大阪線の「伊勢中川」と「名張」の間は急行と普通が1時間に3本程度と激減するため、この区間だけ「飛び道具(特急)」を使うというのも手です。

 

この区間だと特急料金は900円で済みます。もし購入するなら、同額の900円となりますので「伊勢中川」から「大和八木」間の特急券を購入すると良いかと思います。ご参考までに、近鉄の主要駅間の特急料金表(PDF)を添付しておきますね。

 

 

 

【参考:近鉄の主要駅間の特急料金PDF「kintetsu.pdf」をダウンロード

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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▲②今井に最寄りの駅は「八木西口」駅となります。駅で降りるとすぐに「歴史街道」のPRがなされています。

 

 

 

 

 

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▲③案内看板も充実しており、大変わかりやすく、観光に力を入れていることが判ります。

 

 

 

 

 

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八木西口駅の西口(ややこしいですが「八木西口駅」の「西口」から降りてください。「八木西口駅」には「東口」もありますので注意です。)

 

 

 

 

 

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▲⑤八木西口駅をでてしばらく歩くと、JR桜井線が走っています。すぐ西にJR「畝傍(うねび)」駅があります。

 

 

 

 

 

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▲⑥看板に従って、今井の街へ向かいます。あちこちに案内看板が設置されており、大変散策しやすい街です。

 

 

 

 

 

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▲⑦今井の街の入口には「蘇武橋」という橋が架かっています。

 

 

 

 

 

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▲⑧橋のたもとに立つ「蘇武(そぶ)橋のエノキ」は高さ15メートル、幹周5メートルも大変立派な大木で、街のシンボルとなっています。

 

 

 

 

 

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▲⑨今井町の案内看板には、まずは、「華甍(はないらか)」へ行きましょうと書いてありますので、まずは、そちらへ向かうことといたしました。

 

 

 

 

 

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▲⑩蘇武橋の近くには「蘇武井(そぶのい)」という井戸があります。

 

 

 

 かつて、この井戸からは、良質の水がこんこんとわき出でてきており、今井の里の1000軒の家々がこの井戸の水を毎日汲み、いかなる日照りが続いても涸れることはなかったそうです。聖徳太子が水を飲まれたとも、愛馬の黒駒に水を与えたとも言い伝えられている井戸なのであります。

 

 

 

 

 

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▲⑪みちしるべ。北へ行けば奈良・京都。東へ行けば、伊勢、長谷と記されています。

 

 

 

 

 

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▲⑫今井まちなみ交流センター「華甍(はないらか)」に到着いたしました。

 

 

 

この建物は、明治36年(1903)高市郡教育博物館として建設されたもので、昭和4年からは今井町役場としても使用されていたものです。

 

 現在は、今井町の歴史を詳しく、分かりやすく解説する資料を一堂に集めた資料館として、展示コーナー、映像シアター、図書閲覧室などがあり、今井町の歴史をさまざまな角度から知ることができるようになっています。

 

まずは、散策前に立ち寄ると良い場所でありますね。

 

 

 

 

 

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▲⑬「華甍(はないらか)」は和洋折衷の建築様式で、展示だけでなく建物自体もじっくりと観たくなると思います。

 

 

 

 

 

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▲⑭「華甍」では、今井町の歴史を知ることができます。

 

 

 

 

 

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▲⑮もともとは興福寺の荘園だったところに、浄土真宗の派である、一向宗本願寺の坊主、今井兵部卿豊寿により建設されたことが街の発祥だとか。

 

 

 

一向宗の門徒たちが自衛武力を培い、町の周りに濠をめぐらし、都市計画を実施。織田信長にも対抗する勢力でありましたが、今井宗久、津田宗及、明智光秀を通じて信長に降伏して以来は、地の利を生かし、大阪、堺との交流が盛んになり、商業都市として発展したとのことです。

 

堺とならんで自治特権が認められていた城塞都市でもあり、内部の道路は見通しが効かないように設計されており、ほとんどの道路が一度屈折させてあるとのこと。成程、町をあるくとそのような造りが良くわかります。

 

 

 

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▲⑯町の案内地図もここで入手することができます。

 

 

 

 

 

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▲⑰巨大な街の模型は圧巻でありますが、現実に街をあるくと、こうした町並みがほぼ残されていることにも驚かされます。

 

 

 

 さて、案内地図を見ながら実際に街を散策してみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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▲⑱一歩街の中に入ると、その街並に、江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えます。それほど、観光地化していないところも良いですね。

 

 

 

 

 

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▲⑲重要文化財「河合家住宅」もともと酒造業を営んでおり、今日も酒屋さんを営んでおられます。

 

 

 

 

 

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▲⑳新酒ができたことを表す「くすだま」が店先にぶら下げられています。

 

 

 

 

 

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▲㉑重要文化財「高木屋住宅」、屋号は「大東の四条屋」、酒造業、醸造業を営んでいたそう。

 

 

 

 

 

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▲㉒街のどこを歩いても、しっかりと古い建物が残されています。

 

本当に素晴らしい。街の人々もこうした建物群を維持することは大変だと思いますが、「わが町今井」を誇りに思っているんでしょうね。

 

 

 

ここ、今井は昔から、町の掟や御触れで街の造りは厳しく指定されていたそうです。そのような規制の中で、家主たちはそれぞれが規制の範囲内で、工夫を凝らし「屋根の煙出し」、「鬼瓦」、「むしこ窓」、「壁面の意匠」、など、個性的なデザインを施してきたんでしょうね。

 

現代では当たり前になってきていますが、この時代の日本でこうした街づくりが行われていたこと自体に驚かされます。ですから、統一的で美しいデザインの街になっているんですね。

 

 

 

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▲㉓「屋根の煙出し」

 

 

 

 

 

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▲㉔重要文化財「上田家住宅」の「鬼瓦」は、屋号が「壺屋」であったため、壺をあしらった鬼瓦となっています。

 

 

 

 

 

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▲㉕それぞれの家が個性的な意匠を凝らした「むしこ窓」

 

 

 

 

 

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▲㉖重要文化財豊田家住宅の「壁面の意匠」もともと、材木商を営んでおり、屋号「紙八」を表す「木」を表しているのだそう。

 

 

 

 

 

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▲㉗街のあちこちに、住んでいる人たちが集うスペースが整備されています。

 

 

 

 

 

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▲㉘奈良県指定文化財「山尾屋住宅」、「新堂屋」の屋号を餅、肥料・木綿商を商っていた大商家。

 

 

 

 

 

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▲㉙浄土真宗本願寺派「順明寺」

 

 

 

 

 

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▲㉚重要文化財「称念寺本堂」

 

 

 

 

 

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▲㉛重要文化財「中橋家住宅」、屋号を「米彦」といい代々米屋を営んでいいましたが、幕末には肥料・金物商もあわせて営んでいました。

 

 

 

 

 

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▲㉜重要文化財「豊田家住宅」

 

 

 

 

 

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▲㉝重要文化財「今西家住宅」

 

 

 

 

 

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▲㉞街の周りには環濠が残されています。

 

 

 

 

 

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▲㉟重要文化財「音村家住宅」屋号は「細丸」、金物商を営み幕末は相当繁盛していたとのこと。

 

 

 

 

 

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▲㊱重要文化財「米谷家住宅」屋号は「米忠」といい、代々金物商、肥料商を行っていました。

 

 

 

 本当に町全体が、江戸時代の街のセットのようなたたずまいです。

 

「あさが来た」、「ごちそうさん」などの朝ドラや時代劇など、数多くのロケも行われていたところであるということも頷けます。

 

 写真を撮るにも絵になる景色がたくさんありオススメの街ですよ。

 

 

 

 

 

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